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  研究成果

  活動予定

  記 録




  2020年

2020年12月25日 「絵画Ⅱ」第14回講義

帝京大学短期大学絵画Ⅱ第14回講義は「宗教画としてみる仏教絵本-画家梶山俊夫と伝統画法」です。

1984年に刊行した『絵本空海お大師さま』の絵を描く梶山俊夫の画家活動と、1980年代に注目された丹緑本や墨画等の伝統画法を絵本に用いる創作が空海像の形成に与えた影響を話してみました。


2020年12月23日 「絵画Ⅱ」第13回講義

帝京大学短期大学絵画Ⅱ第13回講義は「講談社の絵本『日蓮上人』にみる偉人像の変化─日本画・歴史画としての表現」です。

近代の日蓮像は護国の高僧として表現されます。

一方、戦後の絵本『日蓮上人』は民主主義的日蓮を表現しつつ、日本画の描写様式が国家意識を喚び起す記号として機能しています。

絵画Ⅱの講義で『日蓮上人』と『絵本空海』を取りあげた理由は、前期の絵本Ⅰで西洋絵画のキリスト教宗教画について話したからです。

そこで前期に対応させる伏線的な話題として、複製技術時代のメディアを通じ、日本画家の磯田長秋と抽象画家の梶山俊夫が描く仏教の宗教画について話すことしました。


2020年12月22日 「仏教表現研究B」第12回講義

大正大学仏教表現研究B第12回講義は「自然災害を記憶する物語-『みちびき地蔵』-」です。

絵本『みちびき地蔵』は、死に臨む人間の生霊が寺院や石仏を訪ねるオマク譚の話型を持つ明治三陸地震津波の民話です。

明治三陸地震の記憶を伝えるみちびき地蔵の伝説は戦後から時代と共に様々な解釈が与えられました。

2011年の東日本大震災以降、『みちびき地蔵』は、物故者を浄土へ導く地蔵の絵本として再話されます。

『遠野物語』の87と88、松谷みよ子『女川・雄勝の民話』に収録された金華丸沈没事故関連の「31 天雄寺の行列」もオマク譚になります。

「31 天雄寺の行列」は昭和21年に発生した金華丸沈没事故で亡くなる運命にある人間の生霊が雄勝の天雄寺に現れる話。

この話を収録した『女川・雄勝の民話』は1987年刊行なので、オマク譚の話型を用いて新しく創られた民話という事になります。

また1896年の明治三陸地震から少なくとも20年後に「みちびき地蔵」の民話が成立していた事実も紹介しました。

被災の体験談をもとにその話題に適した民話の話型が採用され、伝説となっていく過程。

それはオマク譚に基づく「みちびき地蔵」にも認められます。

つまり民話は既存の話型を用いて形成されるという事例です。

『みちびき地蔵』もオマク譚の話型を用いて明治三陸地震津波の民話化を図った事例になると考えています。

しかも『みちびき地蔵』は東日本大震災の直後にインターネットで注目された民話であり、津波で流された気仙沼大島のみちびき地蔵を再建するため、絵本『みちびき地蔵』が制作された事も話しました。


2020年12月17日 「仏教表現研究B」第11回講義

大正大学仏教表現研究Bの第11回講義は「グラフィックを読むこと─『絵本空海─お大師さま』」です。

真言宗智山派が制作した『絵本空海─お大師さま』は空海に関する知識を学ぶほど、丹緑本の技法を用いた絵と短い文章に表現された空海の情報が読みとれる間テクスト性に重きを置く絵本です。

1984年刊行の『絵本空海』は丹緑本の技法を用いる梶山俊夫により超現実的な御伽噺(メルヒェン)として空海の生涯を視覚的に表現します。

近代以降の史実に基づく宗祖像ではなく、超人的な空海を描き出したのは仏教と精神文化が接近する1980年代の風潮も関係しているのではないでしょうか。


2020年00月14日 「仏教表現研究B」第10回講義

大正大学仏教表現研究Bの第10回講義は「仏教による物質至上主義への抵抗─『こどものくに別冊おしゃかさま』」です。

高度経済成長の弊害が社会問題となる1973年刊行の『こどものくに別冊おしゃかさま』は科学や知識、社会の発展でも達成できない、人間を正しい道に導く仏教の必要性を説きます。

『こどものくに別冊おしゃかさま』の最終画面で物質的な豊かさを追求した現代社会について批判する精神文化としての仏教が表現されたのは日本仏教保育協会において「こどものくに」編集長を務めていた小林龍雄師の主張によるところが大きい。

「宇宙共同体」という表現に精神文化を感じざるを得ない。


2020年12月17日 『ダーウィン、仏教、神 近代日本の進化論と宗教』

武蔵野大学の碧海寿広先生より御恵贈いただきました。

クリントン・ゴダール先生のご著書 Darwin, Dharma, and the Divine - Evolutionary Theory and Religion in Modern Japan を碧海先生が翻訳された邦訳版『ダーウィン、仏教、神 近代日本の進化論と宗教』(人文書院)です。




2020年12月04日 「絵画Ⅱ」第12回講義

帝京大学短期大学の絵画Ⅱ第12回講義は「歴史画としてみる『講談社の絵本』-軍国主義と画家-」です。

近代国民国家の確立と国威発揚のために政治的に創り出された「歴史画」と「戦争画」。

それらを児童書に持ち込んだ「講談社の絵本」の功罪と、関与した日本国民としての画家について話しました。

15年戦争下において日中戦争に従軍した画家たちが大日本陸軍従軍画家協会を結成。昭和14年には陸軍美術協会が結成されます。

戦後、戦争画を描いた画家個人に対する批判が展開されます。

しかし美術と社会との関わりという視点から見れば、どこまで画家個人の罪を追及できるのかという問題でした。


2020年11月30日 「仏教表現研究B」第9回講義

大正大学仏教表現研究B第9回を開催しました。

今回は風濤社『絵本地獄』の成立要因について焦点を当て、公害、環境破壊、交通戦争、自殺などを引き起こした高度経済成長への批判として1973年から起こるニューエイジ、ニューサイエンス、オカルト、妖怪ブームと仏教者の接続について話しました。

宮次男の『日本の地獄絵』では1970年代の社会問題を『往生要集』の地獄に重ねています。

精神文化は高度経済成長が終焉した時代に物質優先社会への批判的反動して展開します。

つまりある思想のもと、人為的に創り出された文化現象なのです。

そうした潮流に仏教が関わっていた事は実に興味深いです。

次回の仏教表現研究B第10回講義では1973年以降に隆盛するニューエイジ、ニューサイエンス、オカルト、妖怪ブームなどの潮流の中で、仏教を科学的な宗教だと語っていた仏教者が、精神主義の文脈から仏教を語り換えていく動きについて『こどものくに別冊 おしゃかさま』の表現から掘り下げます。


2020年11月27日 「絵画Ⅱ」第11回講義

帝京大学短期大学の絵画Ⅱ第11回講義は「講談社の絵本『桃太郎』における日本画の表現-斎藤五百枝と桃太郎-」です。

今回は日本映画初期の撮影セットや背景画を制作した美術デザイナーであり、『少年倶楽部』の表紙や講談社の絵本『桃太郎』の作画を担当した洋画家斎藤五百枝について話しました。


2020年11月23日 『共振』

『共振』(水声社)をご恵投いただきました。

コンテンポラリー・アーティストの町田久美さんの作品に、文教大学名誉教授の中川素子先生が言葉をつけるコラボレーションの絵本であり、アーティストブックとなります。

視覚表現である絵に言語表現的な意味を与えるという行為について考えさせられます。


2020年11月22日 オンライン研究会

仏教文化におけるメディア研究会のオンライン研究会を開催しました。

来年度の研究会継続申請にあたり、仏教文化×メディアというテーマをどのように発展させていくのかについて話し合いを行い、具体的な研究計画の骨子を作成しました。

2021年度の第3期研究会に向けて準備している最中ですが、白熱した議論の結果、ようやく活動継続申請書類にまとめる段階まで研究内容が整いました。

次なるテーマもメディアに表現される仏教文化ですが、少し趣向を変えております。

今回は、仏教文化におけるメディア研究会(第3期)の活動継続に向けて二つの試案を作成しました。

第1案と第2案は、共通して宗教表象研究になりますが、研究対象と考察アプローチに違いがあります。

私たちの研究成果をより多くの人に読んでもらうため、次回の書籍化はソフトカバーの手頃な値段にしたいです。


2020年11月20日 「絵画Ⅱ」第10回講義
帝京大学短期大学「絵画Ⅱ」第10回講義「雑誌メディアのアール・ヌーヴォー」です。

フランス留学から帰国した浅井忠が京都高等工芸学校の図案科で教鞭を取った明治30年代にグラフィックデザインという概念が生まれました。

それが雑誌の表紙と挿絵を手がける藤島武二などの画家の登場を促します。

絵画Ⅱでは佐藤道信先生の『〈日本美術〉誕生 近代日本の「ことば」と戦略』と大塚英志先生の『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー』を教科書にして、明治後期における大衆メディアと印刷技術の発達と共に活動の幅を広げた商業作家としての画家を見ています。

19世紀から20世紀にかけての写真や映像、大量複製技術、通信技術の発達により、最早、壁面やカンヴァスだけで絵画を描く存在ではなくなった画家。

美術家としての画家は社会と技術、大衆メディアとの関わりの中で描き、いかなる表現を生み出してきたのか。

最終的には絵本を描く画家の話をします。


2020年11月17日 「仏教表現研究B」第8回講義

大正大学仏教表現研究B第8回講義は「近現代の日本における仏教童話とジャータカ絵本の成立」です。

宗教童話というジャンルを提唱し、ブッダの前世譚であるジャータカを仏教童話に位置付けたのは児童文学研究者の蘆谷蘆村です。

しかも蘆谷は東洋宣教会で洗礼を受けたキリスト教徒だった話をしました。


2020年11月13日 「絵画Ⅱ」第9回講義

絵画Ⅱ第9回講義「近代マスメディアと美術」では新たなメディアが出現し、フランス留学した浅井忠が帰国後に図案教育を行った19世紀末から20世紀にかけての時代に商業的クリエーターとして活動し始める画家たちの仕事を取りあげました。

挿画が文学表現に果たす意味作用についても話しました。


2020年11月10日 「仏教表現研究B」第7回講義

仏教表現研究B第7回講義を開催。草双紙・絵本・童話で創りかえられるブッダ像について見ました。

明治時代に八相成道の話型で語られた仏伝は、大正時代に制度化される「花まつり」の式典行事化により、誕生の部分だけが物語化されていきます。

また、近代仏教学の知見もブッダの表現に反映されます。


2020年11月07日 「絵画Ⅱ」第8回講義

帝京大学短期大学の絵画Ⅱ第8回は「人間と自然-東洋画題・戦争画・裸体画」という講義でした。

インド人を日本人の顔で描いた横山大観の「流燈」など、東洋世界を日本的に描く歴史画、従軍画家や陸軍美術協会の戦争画、異文化接触における美術的価値観の違いが表面化した裸体画論争を取り上げました。


2020年11月04日 「仏教表現研究B」第6回講義

大正大学仏教学部の仏教表現研究B第6回「創りかえられる宗祖像」です。

『親鸞聖人ヱバナシ』と『講談社の絵本日蓮上人』の二作品を中心に、メディアが生成する宗祖像の変容について見ていきました。

博多湾に赴いた日蓮が壱岐・対馬の蒙古軍を壊滅させる神風無双の明治期草双紙も紹介しました。


2020年10月28日 「絵画Ⅱ」第7回講義

帝京大学短期大学「絵画Ⅱ」第7回講義では尊王論から統一国家論、尊王愛国論からナショナリズム、東洋の盟主としての「日本」という幕末から明治30年代の国家思想と絵画作品の連動を説明し、近代日本絵画の政治利用について話しました。

さらには、幕末から明治30年代に展開した歴史画・神話画・東洋画題が国家思想という政治的な目的のもとで形成された絵画ジャンルであり、その生成プロセスに国民としての画家たちが積極的に関与していた事も解説しました。

社会との関わりの中で美術は生まれます。


2020年00月26日 「仏教表現研究B」第5回講義

仏教表現研究Bの第5回講義は「明治期草双紙『開化地獄論』にみる文明開化と啓蒙主義」です。

講義の導入部では2020年5月に刊行した『メディアのなかの仏教』の論点をあげ、仏教の宗教表象を研究するための問題意識について説明しました。

メディアが生み出す宗教に関わる表現物を宗教表象といいます。

メディアが生み出す仏教に関わる表現物を仏教表象といいます。

どちらも表象の種類をある特定の範囲に限定するため、◯◯表象という言葉にしています。つまり仏教表象研究では、メディアが生み出してきた仏教表象を考察します。

講義後半では、政府によるプロパガンダの役割を果たした作品である明治15年刊行の草双紙『開化地獄論』を読み解きました。



2020年10月23日 「絵画Ⅱ」第6回講義

絵画Ⅱ第6回は「「歴史画」というジャンルの創出-東洋画と歴史画-」というテーマです。脱亜入欧を表すように「日本画」にとって代わられた「東洋画」とはどのような美術概念なのか。近代国家創出のために操作された歴史を視覚化する歴史画という政治的なメディアの性質と機能について説明しました。


2020年10月21日 表象文化論学会 REPRE40 が公開

表象文化論学会ニューズレターREPRE40が公開されました。今号の新刊紹介(編著/共著)コーナーでは森 覚編『メディアのなかの仏教-近現代の仏教的人間像』(勉誠出版)を取り上げていただきました。表象文化論学会広報委員会の先生方には改めて御礼申し上げます。

リンク REPRE40


2020年10月20日 「仏教表現研究B」第4回講義

「仏教表現研究B」第4回講義は「近代日本における仏教絵本、仏教漫画、仏教童話の成立-メディアを用いた子ども向け宗教教育の確立-」ということで、仏教を題材とする絵本・漫画・童話の定義とジャンル、布教教材としての仏教絵本が成立した社会的背景について、4つの要因から見ていきました。


2020年10月19日 「仏教表現研究B」第3回講義

「仏教表現研究B」第3回講義を開催。

「時代による解釈の変遷-どのような視点を持つのか-」というテーマのもとに表象文化論や記号論、ジャック・ザイプスの再話論を確認してから明治14年刊行の『桃太郎鬼ヶ島でん』を読解しながら「桃太郎」の物語画改訂的されていく再話について考えました。


2020年10月16日 「絵画Ⅱ」第5回講義

帝京大学短期大学の「絵画Ⅱ」第5回講義を行いました。

今回のテーマは「絵画ジャンルの形成-日本画と西洋画-」。

明治15年5月に龍池会主催の講演でアーネスト・フェノロサが述べたJapanese Paintingの翻訳語として誕生した「日本画」。

その相対概念となる「西洋画」の成立過程について見ました。


2020年10月13日 「仏教表現研究B」第3回講義

大正大学で開講している仏教表現研究Bの第三回テーマは「時代による解釈の変遷」です。

前回の絵本・漫画・童話は研究対象になり得るのかという問題提起のもと、明治14年に刊行された草双紙『桃太郎鬼ヶ島でん』を読み解き、桃太郎物語が創りかえられてきた歴史的経緯を受講生たちと考えてみました。


2020年10月11日 第28回日本近代仏教研究会研究大会

9時から17時まで、第28回日本近代仏教史研究会研究大会にオンライン出席しました。

高度な仏教史学の研究報告が続くなか、司馬遼太郎と『空海の風景』の話題が出てくると、表象を研究する私としてはホッとします。

監獄教誨、漢語仏典、二つあった密教のご発表も大変に興味深かったです。


2020年10月10日 『近代の仏教思想と日本主義』

近藤俊太郎先生とユリア・ブレニナ先生より『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館、2020年)をご恵贈いただきました。

ありがとうございました。

「日本主義」を媒介にしたことで仏教思想はどのように表現され、仏教者や知識人はいかに「日本主義」に感化されていったのかがテーマになっております。


2020年10月09日 造語としての美術―画学から書画、書画から絵画へ

絵画Ⅱ 第4回講義「造語としての美術-画学から書画、書画から絵画へ」では①美術概念の用語である「美術」ということばの成立、②「美術」と「芸術」及び「技芸」との字義的関係、③「画学」から「書画」を経て「絵画」へといたる美術用語の変遷について話しました。

久しぶり比較文化的講義でした。


2020年09月26日 仏教表現研究Bの開講

大正大学仏教学部仏教学科国際教養コースの新講義「仏教表現研究B」の第1回講義がいよいよ開講されます。

この講義ではイデオロギー批評の観点から仏教のマンガ・童話・絵本を読むという「仏教×サブカル」がテーマ。仏教がメディア表現に与えた影響を社会との関わる宗教という観点から見ていきます。

そして第2回では絵本・漫画・童話という近代的表現ジャンルの成立とその性質。

カリカチュア(戯画)と漫画の共通点。

絵本と漫画の歴史と表現に見られる隣接性。

ドイツ文学の概念により再定義されたお伽話・童話という言葉。

児童文学の萌芽について説明します。


2020年09月22日 画家と社会の関わり

帝京大学短期大学の後期講義「絵画Ⅱ」では、画家という一個人の表現行為と、それに影響を及ぼす社会的要因のせめぎ合いについてお話しします。

キーワードは、近代国家と美術、画壇の官制化、複製技術、大量消費社会、表現ジャンルの拡大、引用と剽窃、画家という存在の変容といったところです。

画家は独自の感性や表現で絵画を描く個人だと思われがちですが、実際は同時代の世相、思想や価値観、政治経済、文化などから影響を受ける社会的な存在です。

その意味で絵画は社会的影響のもとに個性を確立した画家が描き出す表現と言えます。「美術と社会の関わり」というテーマで講義をしています。

絵画Ⅱでは、「画家と社会の関わり」という全体テーマのもと、第2回講義より近代国民国家のイデオロギー装置として成立した「日本美術」という概念と、日本国民としてその形成に関与した画家と知識人の動向をとりあげています。

コンテクストとしての美術用語・美術史・機構制度に注目しています。



2020年09月19日 公開研究会「仏教とメディア表象」

共催企画公開研究会「仏教とメディア表象」を開催させていただきました。

仏教文化におけるメディア研究会としては初のオンライン研究会でしたが、運営対応に限界があったため、限定的な告知になってしまいました。

それでも東西の研究者から活発な議論が交わされ、盛況だったのは幸いでした。

公開研究会「仏教とメディア表象」の前半では今年3月に刊行した論集のテーマを紹介しました。

二十世紀に生じた多様化する諸媒体が相互に連関して生み出す様々な宗教表象の受容。

多分野の論客・表現者が発信する宗教観を同時代・同時間軸で情報共有していく近現代のメディア環境について話しました。


2020年09月10日 比較文学・比較文化の歴史

金沢公子先生が訳されたP.ブリュネル,CI.ビショワ,AM.ルソー共著『比較文学の起源と発展』をベースに、日本比較文学会の配布資料等を参考にして授業用に作成した「比較文学・比較文化の歴史」です。

よく「比較文学って何ですか?」と聞かれるので年表にすると分かりやすいかなと思いまして。





2020年09月01日 「メディア宗教」研究会

「メディア宗教」研究会の第1回公開研究会をZoomで視聴させていただきました。

この研究会は近代日本の雑誌に見られる仏教の宗教言説を読み解き、近代仏教の情報発信に寄与した文字媒体の役割を明らかにする取り組みのようです。

私もメディア表象論なので今後の研究成果にかなりの関心があります。


2020年08月29日 トークイベント

8月29日(土)14時より、東京吉祥寺で開催中の「辻政博個展」のトークイベント「コロナ禍の中の美術・美術教育」に話題提供者として参加しました。

当日は、穴澤秀隆先生の「コロナ禍と視覚文化」に続き、私も「感染症とアート」という題で話し、メディアの視覚表現を事例に感染症の形象化と変容の問題を取りあげました。

感染症の歴史はどのようなアート作品を生み出してきたのかというテーマです。

個展トークイベントのお話をいただくまですっかり忘れていたのですが、私の修士論文は近代俳句歳時記に見られる感染症季語について書きました。

そこで感染症と芸術活動も専門だったなと気づいたわけです。

まさか忘れ去られた研究成果を活かす時代が訪れるとは。やはり未来は予測がつきませんね。




2020年08月15日 仏教表現研究Bを担当します

本年度より大正大学仏教学部仏教学科国際教養コースで秋学期に開講する「仏教表現研究B」を担当します。

この授業では仏教を題材とした近現代におけるマンガ・童話・絵本の表現を考察し、時代とともに移りゆく社会の情勢、人々の価値観や通念に応じて創りかえられていく仏教像・仏教観を見ていきます。


2020年08月06日 『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』

授業で『絵を見る技術 名画の構造を読み解く』という本のフォーカルポイント、リーディングライン、ストッパー、構造線、色彩(明度・彩度・色相・補色)、構図を簡単に押さえて絵画、写真、絵本、マンガの描画表現を分析します。

写真と絵本でフォーカルポイントとリーディングラインと色彩、構造線でマンガを見ると面白いかなと。

当初は映画表現も入れようとしたのですが、映像は動きを前提としたショットであり、撮影パターンに固執すると構造主義的な分析になる事から、まずは静止画に絞った分析にしました。

絵画を見る入口として『絵画を見る技術』の絵を観察するスキームは読みにほどよい方向性を与えてくれる内容なので最適。

『絵を見る技術』を読んで興味深いのは一つ一つ立てた問いに沿って絵を段階的に読む「スキーム」の発想。

イコノロジーも段階的に読むので「スキーム」に美術史学らしさを感じます。

記号学では記号となる部分を読み解くのでスキームの設定はありません。近いのはロランバルトの5つのコードでしょうか。

2020年08月01日 

武蔵野大学准教授の碧海寿広先生より『科学化する仏教 瞑想と心身の近現代』をご恵贈いただきました。

大変恐縮しております。




2020年07月31日 視覚描写の記述

パノフスキーのイコノロジーもバルトの記号学も言語による視覚描写の記述から始める事を提唱しています。

図像表現を把握し、線や色、形や配置といった造形言語を読解する事で初めて作品や作家、作品が制作された同時代的な社会状況の知識と結びつけた意味解釈が可能になると言う訳です。

イコノロジーや記号学の読解理論はどちらかというとシニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)の結合からなる記号の「意味」解釈に重きを置くものでした。

しかし最近の美学はシニフィアンとシニフィエのうち、シニフィアンから受ける印象や感覚、創造行為に注目する研究が増えています。

「イメージの修辞学」で図像分析を行ったロランバルトも最初はパンザーニの広告に対して図像描写を記述する事をせず、図像から読みとれる意味だけを列挙していました。

それが第三の意味やプンクトゥムの話をし始めるに従って図像描写、すなわちシニフィアンを重視するようになっていきます。


2020年07月29日 共同研究会オンライン会合

私が代表を務める大正大学綜合仏教研究所「仏教文化におけるメディア研究会」のオンライン会合を行いました。

次期活動の研究課題として「近代仏教とメディア」というテーマを提案。

近代仏教を表現し情報拡散するメディアの力と、メディアが生成する宗教表象の共通点と相違点について考察する研究です。


2020年07月23日 第三期活動計画の策定

私が代表を務める「仏教文化におけるメディア研究会」第三期研究会の研究テーマについて研究分担者と意見交換をしております。

現状でご提案いただいている内容をまとめますと「近代仏教」方面の研究になりそうです。

非常に興味深い研究テーマが出てきましたので、これから内容を詰めていきます。


2020年07月19日 水間千恵先生よりご恵贈いただきました

絵本学会の紀要編集委員会でご一緒させていただいている水間千恵先生より『女になった海賊と大人にならない子どもたち ロビンソン変形譚のゆくえ』と関連論文をお送りいただきました。

大変恐縮いたしております。

お心配りいただきありがとうございました。




2020年07月18日 アートとつながる絵本

ここ数回の授業で複製技術時代、大量消費社会の芸術として、コラージュ・引用・ポップアート・ネオポップ・インターネットなどを取り上げています。

その先の展開としては「アートとつながる絵本」について話したいなと考えています。

絵の本なのでマンガなどの隣接媒体にも触れてみたいと考えています。


2020年07月16日 続報『メディアのなかの仏教―近現代の仏教的人間像』

『メディアのなかの仏教-近現代の仏教的人間像』は大正大学綜合仏教研究所「仏教文化におけるメディア研究会」の成果をまとめた硏究論集です。

近現代のメディアに起きたポスト・グーテンベルクの一大転換。諸媒体を通じ人々が接した身近な宗教表象から読みとれる仏教文化のかたちについて探ります。

この論集ではメディアのジャンルを越境して創りかえられていくブッダ・宗祖・高僧・宗教者・信者に関する宗教表象の再生産に注目しました。

アメリカの比較文化学者・民俗学者ジャック・ザイプスの再話を理論に据えましたが、ザイプスはロラン・バルトの神話作用を援用しているので記号学にまで及ぶテーマ。

執筆には森 覚のほか、大澤絢子、髙橋洋子、嶋田毅寬、渡辺賢治、渡辺隆明、猪股清郎、大道晴香、今井秀和(敬称省略)の9名が参加しています。

表紙に使用した仏教紙芝居『成道のお話』(昭和13年発行)のオリジナルです。

全甲社様から使用許可をいただき、私が所有する紙芝居をフォトショップで修正しました。

15年戦争時の紙芝居なので紙質が悪く、紙芝居を引き抜く左側部分が著しく劣化。それでもこの絵を見て表紙を閃きました。

出版社様のお力で新聞・情報誌に研究論集の広告を掲載していただいております。


 2020年5月21日付『仏教タイムス』

 2020年5月30日付『朝日新聞』

 2020年5月30日付『京都新聞』

 2020年6月12日付『週刊読書人』

 2020年6月25日付『東方』


ここに深く感謝申し上げます。



2020年07月11日 第14回絵本学会大会の思い出

『絵本学会NEWS』No.43に掲載された「第14回絵本学会大会報告」。

大会テーマは「絵解き・絵巻・曼荼羅と絵本」でした。

曼荼羅の講演、超大型仏教紙芝居の実演、宮沢賢治と絵本の分科会、図書館での曼荼羅展など、まさに仏教表象の大会。

私も大会実行委員を務めました。


リンク 「第14回絵本学会大会報告」




2020年07月09日 お手紙

『メディアのなかの仏教-近現代の仏教的人間像』を謹呈させていただきました大正大学教授で元綜合佛教研究所所長の野口圭也先生より大変ご丁寧なお手紙を頂戴いたしました。

仏教文化におけるメディア研究会が今日まで活動できましたのも野口先生のおかげです。

引き続き宜しくお願い申し上げます。


2020年07月07日 『ふらいんぐうぃっち』の論文

『福島工業高等専門学校硏究紀要』第60号に「『ふらいんくうぃっち』にみる地域表象の二重性-地域へ向けられる内と外からのまなざし-」がウェブ掲載。

グレマスの行為項分析により来訪・在郷・仲介というキャラの役割を分類し、出身者・出郷者・帰郷者である作者が自身の故郷を表現する意義を論じました。


リンク 「『ふらいんぐうぃっち』にみる地域表象の二重性-地域へ向けられる内と外からのまなざし」


2020年07月05日 週刊仏教タイムス

2020年7月2日付「週刊仏教タイムス」第2859号の「読書案内」で、『メディアのなかの仏教-近現代の仏教的人間像』を紹介いただきました。

また「週刊仏教タイムス 仏書・良書に親しむ 新緑読書特集2020」(5月21日付)でもご紹介いただいております。


『メディアのなかの仏教-近現代の仏教的人間像』の基本コンセプトは異なる複数の媒体を横断し、再生産されていく仏教的人物像の宗教表象を考察する事。

媒体を横断する仏教コンテンツという着想は近現代メディアに起きたポストグーテンベルク的状況(多メディア化)の一大転換をかなり意識しています。

美術分野には2000年代から広まった批評家ロザリンド・クラウスの「ポストメディウム」があります。

一つの媒体ではなく異なる媒体同士を横断する表現の混淆性を指す概念です。

美術には絵の具、平面、粘土、石、木などメディア支持体を強調し、媒体間を横断させ、体系的表現を生み出す物があります。

『メディアのなかの仏教』では「ポストメディア」という概念も意識していますが、私の専門である比較文化学にはジャンルの越境を意味する「クロスボーダー」という考え方があります。

それを強く意識させる石田英敬先生的な定義での「ポスト・グーテンベルク的状況」という概念を用いる事にしました。

比較文学比較文化学はコンテンツを精読し、異なる複数の考察対象を比較する性質上、考察対象間に見られる対比・差異・共通性を解明するほか、文化現象や表現手法の接点・交流・越境・混淆・変容の観察が重視されます。

「ポスト・グーテンベルク的状況」はそうした視点を踏まえた概念として用いました。

近現代になると高精度の印刷・画像・映像・音響メディアが出現します。

これにより文化を牽引してきた活版はその独占的役割を終え、様々な媒体同士が相互に連関し表象形成に影響を与えるポスト・グーテンベルク時代が到来します。

私はそうした媒体間を越境しながら展開するコンテンツを考察しています。



2020年07月02日 『福島工業高等専門学校硏究紀要』第59号

『福島工業高等専門学校硏究紀要』第59号(2018年)に掲載された渡辺賢治先生との共著論文「『ふらいんぐうぃっち』における地域表象の形成-メディアコンテンツとローカルツーリズムの接続をめぐって」。


リンク 「『ふらいんぐうぃっち』における地域表象の形成-メディアコンテンツとローカルツーリズムの接続をめぐって」


2020年06月30日 複製技術時代の産物

絵本は印刷技術により大量複製されたオリジナルとコピーとが同じ意味を持つ複製技術時代の産物。

1960年代に到来した複製技術時代と大量消費社会により、オリジナルとコピーの境界線が曖昧な美術作品が増加します。

1990年代の絵本学会では絵本をアートとして観る事が提唱されますが、絵本は原画をまず観るのではなく、最初からコピーを読むという点で、複製技術時代の芸術表現だといえます。

複製を前提とする絵本はコピーがオリジナルであるかのよう。

しかしこうした複製技術時代の芸術にオリジナル性を取り戻すべく絵本の原画展が開催されています。

複製技術時代、大量消費社会の産物として消費される絵本ですが、大田大八先生が「私は画家です」と発言されたように、絵本作家には自身を美術家として定義する方が多いようです。

原画展は大量複製・大量消費時代の中で美術家という作家のアイデンティティを社会的に再認する手段なのかもしれません。


2020年06月24日 「文豪とアルケミスト」の国定図書館

DMM GAMESの「文豪とアルケミスト」では文学書を消滅させていく侵蝕者を追伐する特殊能力者「アルケミスト」が国定図書館に派遣されます。

国定図書館という名称から分かるのはこのゲームの世界が国家により文学が統制されていること。

しかも「文豪とアルケミスト」に登場する文豪キャラクターはいずれも教科書や国語便覧に登場する作家たちなので、その意味でもしっかりと国家のお墨付きが与えられた「国定」的存在です。

そして、文豪系コンテンツには近代文学を作中に登場する作家のみに固定してしまう権力作用がある事。

「文豪とアルケミスト」は教科書文学としての近代文学観を創りあげている側面があります。

そこでは近代文学を文豪系コンテンツのキャラクターに限定してしまい、キャラとして選ばれない作家は侵食者が文学書を消滅させるがごとく、近代文学の枠組みから忘却されていく危うさがあるのです。


2020年06月19日 『日本近代文学会会報』132号

『日本近代文学会会報』132号「日本近代文学会・昭和文学会・日本社会文学会合同国際研究集会分科会・研究発表の記録」に2019年11月24日のパネル発表「文学から文学社会学へのシフト―表現・メディア・再話 ―」(渡辺賢治、森覚、大西永昭)の報告記事が掲載されています。

2019年11月24日・25日に開催された日本近代文学会・昭和文学会・日本社会文学会合同国際研究集会のパネル発表「文学から文学社会学へのシフト-表現・メディア・再話-」ではバルトの「作者の死」を援用して文学を引用するゲームとマンガに見られる作者と批評家の復活について話しました。

三学会合同国際研究集会のテーマは「文学のサバイバル」。

私の発表ではサブカルコンテンツの「引用」表現を扱いましたが、言語表現の文学が別の表現形式を帯びたジャンルに引用されていく訳ですから、結局、文学の背骨を成す表現は抜き取られ、改変されていくというデストピア的現状があります。




2020年06月15日 「仏教絵本の国際化」

『佛教文化学会紀要』第23号に掲載された「仏教絵本の国際化」は東日本大震災のチャリティー活動の一環として日本テーラワーダ仏教協会が制作した絵本『くじけない人の話』を取りあげた論文。

原話のジャータカ第124話を東日本大震災の状況に重ねた内容へ改訂している。


リンク 「仏教絵本の国際化」


2020年06月03日 『絵本学会20周年史』

2017年に発行された『絵本学会20周年史』の13ページに絵本学会の創設者である中川素子先生が寄稿された「今後、絵本学会に期待すること」という記事があります。

中川先生に絵本研究の枠組みを越境する研究者として名前を挙げていただきました。


リンク 『絵本学会20周年史』



2020年05月26日 仏教的人物の宗教表象

メディアが表現するブッダ・宗祖・高僧・信者の人物像は時代とともに変容します。

これらの人物表現は時代ごとに移り変わる価値観や習慣、社会と宗教者の関わりに応じて同時代の人々が受容しやすい形態へと創りかえられます。

宗教表象は社会との関わりの中で生成される人工的産物であると云えます。

宗教表象とは、宗教に関する表象のことです。

表象は、人文系において、非常にややこしいことばでもあります。

記憶していたことを思い出し、頭の意識に浮かんだ像やイメージを表象と言います。

そして頭の意識に浮かんだ像を言語・図像・映像・音響・素材といったメディアで表現したものも表象と言います。

表象には精神的な表象と物質的な表象があります。


メディア表現は情動や欲望へ作用するものです。

そのため宗教表象もまた、ある意図を反映した表象を生成するためにメディア表現を操作します。

表象に接する人々は興奮や快楽、欲望といった情動を引き起こし、むしろ歓喜しながら自ら特定の世界観を受け入れます。




2020年05月20日 新刊『メディアのなかの仏教―近現代の仏教的人間像』

この度、『メディアのなかの仏教-近現代の仏教的人間像』を出版させていただきました。

近現代に起きたメディアの一大転換。

媒体を通して人々が接する身近な宗教表象を考察し、さまざまな宗教表象から読みとれる仏教文化のかたちについて探る研究書です。

9名の研究者による論文を収録しています。




2020年05月03日 ベンヤミンと子ども

絵本学の観点から見たヴァルター・ベンヤミンという批評家が興味深いのは子どもに関する『子どものための文化史』などを手がけ、ベルリンで1、2を競う絵本、児童書、玩具コレクターだった事。


リンク 神谷英治「幼年時代の記憶と集合的記憶(1)」



2020年05月01日 ソシュールの記号モデル

授業で話していること。記号表現と記号内容からなるソシュールの記号モデル。

ルイ・イェルムスレウが発展させたメタ言語としてのコノテーション(共示義)理論を文化と権力の分析に導入したロラン・バルトの神話作用。

バルトの理論を図像分析に応用したルイ・マランの絵画記号学。




2020年04月25日 宗教絵本のシンポジウム



『第22回絵本学会大会報告書 絵本と教育-メディアとしての絵本 その魅力と多様性を探る-』には私がコーディネーターを務めたラウンドテーブルB「宗教と絵本-仏教・キリスト教・イスラーム教の絵本を通して」の報告が掲載されています。

「信仰の記憶」は、ヤン・アスマンとアライダ・アスマンの文化的記憶という理論に基づく私の言葉。

総括では、メディアに蓄積される記憶を人為的に操作して生み出す、ある信仰集団の集合的アイデンティティを形成する基盤となる文化的記憶の事を話しました。

また、『絵本学会NEWS』No.63にある第22回絵本学会大会報告の6ページと7ページには、ラウンドテーブルB「宗教と絵本〜仏教・キリスト教・イスラーム教の絵本を通して〜」の報告があります。

絵本学会といえば、絵本をアートとして研究した学術団体として知られています。

1990年代からアートとしての絵本を論じる研究が増えます。

絵本には印刷技術の発達と共に大量複製され、多くの人々に情報拡散するマスメディアとしての性質があります。

私は絵本のメディア性に注目し、表現に組み込まれるイデオロギーを読み解いています。


リンク 絵本学会第22回大会報告

リンク 『絵本学会NEWS』No.63

2020年04月19日 「近現代の日本におけるジャータカ絵本の成立」

『佛教文化学会紀要』第27号に掲載された「近現代の日本におけるジャータカ絵本の成立」は日本に土着化していたブッダのジャータカをインド民話として再定義する近代童話、キリスト教徒の蘆谷蘆村による仏教童話の誕生、戦後に制作されたジャータカ絵本を考察しています。


リンク 「近現代の日本におけるジャータカ絵本の成立」


2020年04月11日 ポスト教育絵本リスト

美育文化協会発行の『美育文化』2013年11月号「特集ドキドキ子どもの絵本」の24ページに私の記事「ポスト教育絵本リスト」が掲載されています。

国家主導の近代国民教育の教材であった絵本。それに対しポスト教育絵本は戦後に展開した多様化する教育的絵本を指します。


リンク 『美育文化』2013年11月号「特集ドキドキ子どもの絵本」



2020年04月02日 担当講義について

令和二年度は大正大学で知の加工術1(情報リテラシー入門)、情報処理D、そして仏教を主題とした漫画・童話・絵本の表現を読み解く仏教表現研究Bを担当します。

また帝京大学短期大学で担当する絵画Ⅰでは西洋絵画のジャンルである画中画から、描くという行為をめぐる時代的変遷について見ています。


西洋絵画の一ジャンルである近現代の宗教画は厳格な教義に基づいて制作されなくなっていきます。

代わりに画家個人の心情や境遇、問題意識などといった芸術家の「自己中心的世界観」を形にする目的で、宗教的モチーフが利用され始めます。

作家個人の表現が反映される宗教表象は現代のさまざまなメディアに見られます。

記憶から想起される頭の中の観念的表象はメディアを通じ物質的表象となります。

人々はメディアを介して物資的表象を知覚し頭の中に観念的表象を浮かびあがらせます。

表象の観点でいえば、美術家の創作はメディアによって物質的表象を生成する行為。

表象には「物質的」と「観念的」の二面性があります。


ゴッホの「坊主としての自画像」は、自画像として創作した物質的表象です。

また坊主頭は日本の美術品や書籍の知識からゴッホ自身の頭の中で形成された観念的表象の日本となります。

仏教僧に扮する事で理想郷としての日本と一体化する自分を描いたのでしょうか。


リンク ゴッホ「自画像」

2020年03月28日 地獄と極楽のシンポジウム

『佛教文化学会紀要』第22号に掲載された「この世の写し鏡としてのあの世―仏教絵本に見る地獄―」は佛教文化学会第26回学術大会「シンポジウム:地獄と極楽~いま、その意義を問い直す~」でパネリストとして登壇し、発表した際の講義録です。


リンク 「この世の写し鏡としてのあの世―仏教絵本に見る地獄―」




2020年03月23日 ローカルアイデンティティ

論文「仏教絵本『栄西禅師』の研究」ではローカルアイデンティティという概念に加えて「逆周圏論」という文化伝播モデルを導入し、先進文化の発信源は中央ではなく、地方の福岡県から発信されていったとする栄西物語から地域と仏教の交わりについて考えています。

中央集権的な意味合いを持つ郷土(Heimat)という概念への抵抗として「地域絵本」という呼称を使用し、地方のランドマークとなる仏教寺院を問題にし、出身者や居住者が自分の暮らす地域をいかに語るのかというセルフ・ナラティブの問題を取りあげた実験的論文でした。


リンク 「仏教絵本『栄西禅師』の研究」



2020年03月17日 「絵本『みちびき地蔵』と東日本大震災」

『佛教文化学会紀要』第22号に掲載された「絵本『みちびき地蔵』と東日本大震災」は宮城県気仙沼の大島観光協会が制作した絵本を考察する論文。

東日本大震災の被災地となった地域の伝承を美しい故郷を取り戻す物語として語りなおす再話プロセスに注目しました。

また、宮城県女川の語り部岩崎としゑさんの民話「みちびき地蔵」には既存の話型を用いた新しい物語の生成過程が確認できます。

特に金華丸転覆事故に関連した天雄寺の話はみちびき地蔵や遠野物語八七のオマク譚と類似しています。

オマク譚の話型は南方熊楠の「臨死の病人の魂、寺に行く話」でも指摘されます。


リンク 「絵本『みちびき地蔵』と東日本大震災」


2020年03月09日 「仏教絵本『とげぬき地蔵さま』にみる再話について」

『大正大学綜合仏教研究所年報』第37号に掲載された「仏教絵本『とげぬき地蔵さま』にみる再話について」は東京都豊島区の居住者が子どもの郷土学習の一環として自主制作した絵本『とげぬき地蔵』を取りあげる論文。

地域絵本という概念を生む前の先行的論考。


リンク 「仏教絵本『とげぬき地蔵さま』にみる再話について」


2020年03月03日 物語の再話

『大正大学綜合佛教研究所年報』第35号に掲載された「東日本大震災と伝説―「みちびき地蔵」の再話について―」は東日本大震災直後に注目された民話「みちびき地蔵」の再話と変容を考察した論文。

話型に関して『遠野物語』八七との類似を指摘しました。

再話は物語を語りなおす「複製」と物語を語りかえる「改訂」を意味する概念。

私の論文「東日本大震災と伝説―「みちびき地蔵」の再話について―」と「仏教絵本『とげぬき地蔵さま』にみる再話について」は物語の「再話」を論点に置きつつ、そこに暮らす人々が故郷や地域を語る意義について論じています。


リンク 「東日本大震災と伝説―「みちびき地蔵」の再話について―」


2020年03月01日 とげぬき地蔵の論文

大正大学綜合佛教研究所で講師をしていた時代に、絵本学会機関誌『絵本 BOOKEND 2016』の「【絵本と絵本研究の動向】絵本研究の動向―2015年1〜12月の文献目録より」(127ページ)で、絵本『とげぬき地蔵さま』の論文を取りあげていただきました。


リンク 大正大学綜合佛教研究所


2020年02月19日 仏教へいざなう絵本

「仏教へいざなう絵本」は2013年に開催された大正大学綜合仏教研究所公開講座の内容をまとめた文章です。

仏教絵本を成立させた仏教童話の登場、宗教系絵雑誌の登場、近代学校教育の出現、教育玩具の展開、オフセット印刷の導入について記しています。


リンク 「仏教へいざなう絵本」



2020年02月16日 日本における仏教絵本の成立

近代学校制度の施行とともに現れた就学児童。その子ども達に宗教教育を行う教材となる仏教絵本はいかなる社会的要因から成立していったのか。

『大正大学大学院研究論集』第36号に掲載された「日本における仏教絵本の成立」がインターネットからお読みいただけます。


リンク 「日本における仏教絵本の成立」



2020年02月12日 イコンの描画法

キリスト教では教義に従って聖像が造られました。

中世ではイエス・聖母・聖人を現実の人間と同じ身体描写で表現しない事が徹底されました。

現代人からは平面的で感情のない表現に見えますが、聖像は意図的にそう造られています。ルネサンス期になると人間的な写実表現になります。




2020年02月09日 『画伝イエス キリスト』

宗教絵本『画伝イエス キリスト』は帝国美術院会員であった洋画家の和田三造が描いたもの。

表紙はルネサンス期の芸術家ラファエロ・サンティの「小椅子の聖母」ですが、ラファエロ崇拝主義者ドミニク・アングルへのオマージュだったのかもしれません。

アングルも和田もアカデミー系の画家ですから。



2020年02月05日 第22回「仏教と近代」研究会

第22回「仏教と近代」研究会:大澤絢子『親鸞 六つの顔はなぜ生まれたのか』書評会に評者として登壇しました。

頭の中に思い浮かぶ記憶から想起された観念的イメージがメディアを通して物質的に表現されるというモデルを示した後、宗祖像をめぐる宗教表象の再生産についてお話ししました。





2020年01月15日 表象の力

メディアと表象には、人間自らが生み出し、人間自らを従属する手段として利用されてきた歴史があります。

たとえば、今日、現代世界に生きる人びとは、みずからの意志にしたがって自由に考え、自立して行動していると考えているかもしれません。

けれども実際のところ、私たち一人ひとりは、自分たちが生まれる前の社会でつくられた言葉の意味や、視覚的なイメージ、コミュニケーション手段の技法、定形化された感情表現に左右されながら生きています。

というのも、人間は、言語・図像・映像・音響によって意志の疎通を図り、それらのメディアから知識や記憶を情報として得て、行動しているからです。

しかし、言語・図像・映像・音響が表現するもののなかには、ある個人や集団の願望と思惑を反映し、人々に特定の思想やイメージを植えつけ、感化させた個人の思考や行動、情動、感覚をコントロールしようと、巧妙につくられる表象があります。

表象は、さまざまな意味が与えられる複雑な言葉ですか、哲学用語としては、意識に浮かびあがる記憶保存された心のなかの形や思想などを指します。

また、美術用語としての表象は、心のなかの形や思想などをもとに、メディアが物体として表現したあらゆるものを包括する概念となります。

メディアによって具現化される表象は、人々にさまざまな情報とイメージを拡散します。

そして人々は、メディアを通じて具現化した表象を自分の意志内部に取り込み、記憶保存していきます。

記憶保存された表象は、ものの見方、考え方といった人間が接するこの世界の受け止め方に作用し、特定の方向づけを行います。

現実問題として、人間の意志は、このような表象がもたらす情報やイメージの制約から逃れられることができません。

ものごとの説明や思考的整理が、言語・図像・映像・音響の力を借りなければ出来ないように、人間は、意識的に、あるいは、無意識のうちにその支配を受けているのです。

しかも表象は、人々に気づかれないうちに、諸個人を支配する力を持続させるべく、何度も創りかえられていきます。

表象は、時代とともに移り変わる価値観に応じた形態へリニューアルすることで、新たな影響力を発揮します。

だとしたら、そのような表象は、誰の、どのような願望と思惑から生み出されるのでしょうか。

また、こうした表象は、メディアを通じていかに表現され、人々に利用され、意識のなかで共有されてきたのでしょう。

さらには、誰かの、ある特定の意図のもとに、人々を社会化する手段として機能する表象が果たしてきた役割とは何なのでしょうか。

わたしは、そのような表象の力について注目している一個人です。


2020年01月05日 研究について



人間は自分の意志で自由に生きているわけではありません。なぜならば人は自分が誕生する以前の社会が創り出した言葉やイメージの制約を受けて生きるからです。

個人の思考や行動は誰かが創出した表現や意味づけに左右されます。

私は人々へ影響を及ぼすそのような表象と言説の力について考察しています。



 Copyright 2011 Kaku Mori